東京工業高等専門学校（八王子市椚田町）の在学生が2月25日、印刷物を自動的に点字に翻訳するシステムなどを手掛けるベンチャー企業「TAKAO AI（エーアイ）」（同）を設立したと発表した。

開発した自動点字翻訳システム

　学校内にオフィスを置く同社。社長で情報工学科4年の板橋竜太さんと、共同創業者で最高技術責任者（CTO）を務める情報工学科3年の藤巻晴葵さんの2人が立ち上げた。在学生がベンチャー企業が立ち上げたのは、同校では初めて。　

　2人は2019年に行われた「全国高等専門学校第30回プログラミングコンテスト（高専プロコン）」に、課外活動の一環として開発した自動点字翻訳システム「:::doc（てんどっく）」を出展し最優秀賞を受賞。人工知能（AI）の搭載などシステムや事業性などの面でブラッシュアップを図った上で、昨年行われた「全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト2020（DCON 2020）」に臨み、最優秀賞を受賞した。今回、「DCON 2020」の副賞として得た、100万円の起業資金を生かし会社を立ち上げた。

　「てんどっく」は、クラウド上にあるエンジンを介して文書を点字に翻訳するシステム。高専プロコンの時は文書をスキャナーでスキャンし、変換したものを印刷物として出力する形を採っていたが、スマートフォンなどのカメラで文書を撮影し、点字ディスプレーなどでも出力できるように改良。さらに、ボランティアの「クラウドワーカー」による点字への翻訳をAIが学習することで、翻訳の精度を上げていく機能や文章の要点をまとめる機能の搭載など工夫を重ねている。

　今回、学生としての活動ではなく、起業という道を選んだことに「学校の中で2年以上開発をしてきたが、学内の団体と一会社では社会の受け入れ方が違うということが大きい」と板橋さん。「金銭的な面でも支援をいただき、学校も支えてくれるということであれば、法人化をやらない理由がなかった。やらない理由を全部取り払っていただいたので、自然の流れで起業した」とも。

　「視覚障がい者の情報アクセスをもっと自由に」と掲げる同社。スーパーマーケットのチラシのような視覚障がい者にとって読むのが困難なものの翻訳を目標に上げる。チラシは「どういったものが一番大事で、どの商品とどの価格が結びついているかを伝えなければいけない」と板橋さん。「現在でも簡単な点訳エンジンでは実現できていないが、AIを使ったエンジンを使うことで、分かりやすく生成した文章を点訳するようなものを開発していきたい」とも。

　「AIを使った点訳エンジンは視覚障がい者に点字で伝えるというだけでなく、汎用（はんよう）性があるシステムだと考えている。文字になりにくい情報を文字に起こして、いろいろな方に伝えるというところは視覚がい害者だけでなく、幅広い場面で需要があると思う。情報の壁を越えていくために、いろいろな技術を活用して、情報のアクセスをもっと自由にしていきたい」と意欲を見せる。

　板橋さんによると、当面は視覚障がい者向けのソフトウエアを開発している企業との提携や受託開発などを進めていきながら、システムの完成度を上げていき、個人でも使えるように実用化を進めていく方針という。「写真を撮って点字ディスプレーに出すという形式にこだわらなくていい。私たちが持っている最も大きな強みは点訳をするエンジン。音声にしてもいいし、データとして提供してもいい。インターフェースの幅を広げていけば、いろいろなところに応用が利く。このシステムがあるからできるようになることがあると視野を広げていきたい」と話す。

　「当事者の方に限りなく近いところにいる会社だと考えている。開発の中で視覚障がい者の方と関わってきた。そこで現場のニーズを知り、技術を使って実装する。ニーズに対する正確さとスピード、小回りの利きやすさなどは生かされてくると思う」と板橋さん。

　これまで指導を行ってきた同校情報工学科の山下晃弘准教授は「この取り組みを始める前から視覚がい害者支援のシステムを作っていた。そこで板橋くんらを紹介したが、そこからは視覚障がい者の方と直接やり取りをして、いろいろなニーズを組み上げ、システム開発を進めてくれた。ここまで来るとは思っていなかった。プロトタイプを作って、しっかりと本番で動かし、会社設立というスタートラインに立ったことはすごいと思っている」と評価する。「会社として立ち上げると、学校と一つの独立した企業ということになる。会社として頑張ってほしい」とエールを送る。